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第108回 勇気づける歌を聴く

 

 福岡のミュージシャン渡辺知子さんの話しだ、彼女は1988年12月24日、クリスマスのディナーショーが終わった後、くも膜下出血で倒れた。

 救急車で運ばれた時は、心臓停止、呼吸停止の状態だった。二週間で知子さんの意識は回復したが、歩けない、物が握れない、話せない、口が開かない、意識は33歳現在なのに、知能は3歳の幼児になっていたという。

 倒れてから一ヶ月後くらいたって、トイレに自力で行けない知子さんは、「自分の思った時間に、人の手を借りず、自分の力でトイレに行く」と決めた。そしてベッドの上で、神様に二度目のお願いをした。

 「私にまた元気な体を戻してください。演奏が出来る体にしてください。一所懸命リハビリします。また演奏が出来る体になったら、私の全ての臓器を提供します」と頼んだ。

 以後、9時の消灯後、布団の中で一所懸命指を動かしたり、腹筋運動をしたり、足の曲げ伸ばしをしたりした。

 努力のかいがあって、入院してから四ヶ月後、退院できた。病院にエレクトーンを一台寄贈し、リハビリ室で演奏をした。脳外科、内科、外科、ガン病棟、いろいろなところから演奏を聴きに来てくれた。

聞くチカラ ピアノ 神様は、知子さんに前と同じ元気な体を返してくれた。そして、「音楽の愉しさ、元気であることの歓び、命があることの素晴らしさをたくさんの方にわかってもらえるように話し、演奏しなさい」と命令を出されたような気がしたという。生きているからこそ感じる歓びを、精一杯、演奏と喋りで表現していこうと思った。

 病気や車イスの体験は、知子さんの音楽活動に大きな影響を与えた。例えば手話の歌。1996年に会った進行性筋ジストロフィーの青年、大石剛さんが作って残した詩、「きのう、きょう、あした」に作曲をし、手話を交えながら歌い続けている。

 剛さんは双子で兄の豪(つよし)さんと共に、進行性筋ジストロフィー症を発病。9歳から闘病生活を送っていたが、豪さんは22歳で死亡。生きる希望を失いかけていた剛さんは兄の思い出を詩で残そうとした。その中の詩をCDに作ろうと約束したのに、CDができる前に剛さんもこの世を去った。

 だから知子さんは、この歌を涙ながらに歌った後に、客席にマイクを突きだし、拍手が剛さんに届くようにしている。そして一人でも多くの人に、「生きていることが、どんなに素晴しいかを伝えたい」といっている。

昨日よりも今日
今日よりも明日
昨日がいい日だったというために、
明日に夢を叶えるために

知子さんの歌声は、多くの人の心を励ましてくれる。

 
 
 

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