ホーム » インターネット コラム » 聞くチカラ » 第81回 自己中心的なインタビューはクレームの原因

 
 

第81回 自己中心的なインタビューはクレームの原因

 

 私がインタビューという仕事をはじめてから、かれこれ20年以上になるが、本当にインタビューというものの醍醐味を知ったのは、1998年ごろからだ。

 それまでもインタビューという仕事をしてはいたものの、以前は、全く手法が異なっていた。どちらかといえば、相手からむさぼるような聴き方だったように思う。

 とにかく自分の聞きたいことがあり、その人に話しをさせる。そして自分の聞きたいことさえ聞けば、仕事は終わったと言うような感覚で、相手がもっと話したそうにしているのに、もう用は済みましたという感じでさっさとかえってきてしまった。

 時には、せっかく取材をさせてもらっても何となくぎくしゃくした感情が残ったりした。それは相手からむさぼりとっていたからだと思う。つまりtake&takeの方法だった。話したいことを話せるならば人はうれしい。ところが、話したくもないことを根堀り葉堀聞かれて、それでおしまいというのでは、相手は何か、満足できないのだ。

聞くチカラ マイク そこで感情的にしこりが残る。私もそれはうすうす感じていた。相手はほかのことを話したがっているのに、それは全く聞いてあげずに、こちらの都合ばかりで聞くのは、正直言って良心に響いた。

 またそのような聴き方の場合は、あまりよい原稿が書けないし、聞いた人にナオシをしてもらうとナオシが多い。こちらは一種の良心の呵責、相手も不満感をもっているので仕方がないかもしれない。

 このような仕事の仕方も原因になったのか、1992年から3年間くらい体調を壊し、あまり仕事ができないでいた。燃え尽き症候群のようになり、電車に乗れなくなってしまったのである。

 医者にいけば注射一本で治るといわれたが、注射で治ったところで、自分の生き方、考え方が変わらない限りは根本原因を治したとはいえないだろう。調和のとれた生き方ができていないと、自分の中で不協和音がどんどん大きくなり、聞こえているのがわかるのである。

 そこで自分の人生を見直し、3年間ほど、自分の人生を立て直す作業を行って、やっとよみがえったのが、1998年ごろである。

 この時を境にして、自分の考え方や人脈がすっかり変化し、インタビューの醍醐味を感じるようになった。

 以後は、むさぼるようなインタビューはやめて、融合調和するようなインタビューをするようになった。そして人の話しをとことん聞くようにした。取材に関係のない話でも,相手が話したがっていることは、まず聞くことにした。

 実はこのようなインタビューは時にはプロとしてよくない方法かも知れないと思うこともあった。実際にある会社で私を使ってくれていた人に「そんな聴き方はプロらしくない」といわれたこともある。

 しかし私はプロとしてはもしかしたら間違っているかも知れないが、しかしあくまでも人間としての礼儀にかなった方法でないと、自分が納得できないことを知った。自分の良心に反することをすると、身体をこわしてしまうのだから仕方がない。

 
 
 

このエントリーをはてなブックマークに追加
Bookmark this on Yahoo Bookmark

Comments are closed

Sorry, but you cannot leave a comment for this post.