ホーム » インターネット コラム » 聞くチカラ » 第57回 聞くことによって養われる力
その①許す心

 
 

第57回 聞くことによって養われる力
その①許す心

 

許すことは最高の復讐だ


 日本の能とシェイクスピアのハムレットを融合させて「能・ハムレット」を作った先生がいらっしゃる。私はある新聞の取材にいったところが、あまりに素晴らしい話しを聞いたから、ミイラ取りがミイラになって、その先生の大学院に入って学ぶようになった。加えて「能・ハムレット」のオフィーリア役をやらせてもらって、何度か能舞台に立たせていただいたことがある。

 ところが私はどうしてもシェイクスピアの作品が好きになれなかったのだ。たぶん、シェイクスピアを英語で読めば、その英語の美しさにうっとりするのかもしれないが、日本語で読んだり、シェイクスピアの劇を映画にしたものを見ると、登場人物は精神を病んでいる人のように見えるし、妄想で妻を殺してしまうとか、優柔不断な王子が登場するなどと思って、何となくいらいらしてしまうのである。

後で気がついたのだが、彼の作品には、自分の嫌いな部分をもつ人間が出てくるので、好きになれないのだった。
聞くチカラ 演劇
「尼寺へ行け!」というハムレットに対して無性に腹がたったことがある。私の若い頃だったら、「何さ! あなたこそ、禅寺で魂の修行でもしてきたらどうなの!」と言い返しただろう。

ハムレットはオフィーリアを愛しているがゆえにいったということだが、そのような繊細な愛には全く気がつかず、恋人に対して、いきなり「尼寺へ行け!」という男に対する復讐を舞台の袖で考えたことがあった。

 先生の作った能では、オフィーリアの霊が登場し、苦しむハムレットの背後から手をかざして、許しを与えるというものだが、私は、なぜだかとてもハムレットが自己中男に思えて、許しを与える気にはなれないでいた。どうしたら最高の復讐ができるのかと考えてみた。

 そのときはっとしたのである。世の中で最も有効な復讐は自殺なのだろうと思った。オフィーリアは川でおぼれて死んでしまう。もしかしたら、あれ以上有効な復讐はないだろう。
しかしさらに美しい復讐があるのだと思った。この先生の創った能では、原作には出てこないオフィーリアの亡霊が出てきて、許しを与えるというストーリーなのだ。そう、許すことこそが、最も美しき復讐のように思えたのだった。許されてしまったら、もう、何もすることはできないのだから……。




このエントリーをはてなブックマークに追加
Bookmark this on Yahoo Bookmark

Comments are closed

Sorry, but you cannot leave a comment for this post.