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第37回 大きな耳と小さな耳を持っていること

 

 聞くことは楽しい。しかし毎度よい話ばかりが聞けるわけではない。これもまたおもしろいバロメーターなのだが、自然と自分の波動にあった会話になってしまう。

 だから自分の心が愚痴でいっぱいだったり、感謝が足りなかったりすると、相手もその周波数に合わせて、愚痴や不平不満の話をしがちである。もし聞き手の心が感謝にあふれて、喜びの周波数に満ちていたら、話し手に愚痴や不平不満の話をする隙を与えない。

 その日、出会った人はすべて、その日の自分を映す鏡でもある。その日の心の状態を、人は示してくれている。

 なぜならばこの世には悪人という人は、まずいないからだ。もちろん新聞や雑誌には犯罪者が毎日のように登場する。しかしその人たちだって、良い人である部分もあるわけだ。たまたま悪い部分が引き出され、それが環境やタイミングで悪いことをするはめになってしまったのかもしれない。

 基本的に全身全霊、悪い人はいないと考えれば、その人の悪い部分と呼応している自分がいるにすぎないわけだ。

 もしある人に対して、傲慢だと感じたとき、自分が傲慢になっていないかと考えてみる。もしある人の態度に腹がたったとき、自分がそのような態度をしていないかと考えてみると、意外と自分が引き寄せているのがわかったりする。
聞くチカラ 大きい耳
 だから会話もそのときの気分や自分の受け取り方、考え方でかなり違ってくる。もちろん時には一方的にいやな話を聞かなくてはならないかも知れない。愚痴や不平不満などを聞くはめになるかもしれない。

 そのような時は、相手の愚痴や不平不満などが増長しないように、小さな耳で聞くことが大切だ。聞いてはあげるが、火種を大きくしないように配慮してあげるのがこつなのだ。それを「小さい耳で聞く」のがコツだと母から聞いた。

 母は姑に対してとてもよく仕えていたように思うが、姑も時には愚痴や不満をいうことがあった。そういう時は、小さい耳で聞いていたというのである。

 しかしいい話、すばらしい話を聞くときは大きな耳で聞くのだ。ダンボのように耳を大きくして、すばらしい話を全身で受け止め、肯定してあげよう。
そうすれば、素敵な話はますます大きくふくらんで、幸せの種をいろいろとところにまいてくれる。




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