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12月4日、私の父 石川隆一が老衰により亡くなりました

 

父が肉体を離れてしまった。
あまりにも突然に。
 
若い頃から
私は、父が死んだら殉死するとずっと思ってきたし、
友達にもいってきた。
本気で父がいなかったら生きていけないと思っていたからだ。
 
不思議なことに母が死ぬことは考えられなかった。
だから母がなくなったら殉死するという思いを抱いたことはない。
母とはずっと一緒にいると思っていたから。
 
昨年、母が亡くなった。
あまりに突然で、あまりに予期せぬことだったから、
そのショックに際して
数日間、食べずに
眠ることもせずに、
ただ、ただ、衰弱して
このまま母のところにいけたらいいなと
ひそかに思っていた。
 
でもすぐに行けないことに気がついた。
だって残された父がいる。
認知症の症状が見られても
父はがんばって生きていてくれる。
 
それから当分の間は
父の看病に赴く……。
 
それだけが
生きる希望になっていたときもあった。
 
父がこの世にいる限り
一緒に生きることが幸せだった。
 
小さいときから父に甘えたかったけれど
それができなかった寂しさを
取り返すように、父のそばでできるだけ
たくさんの時間を費やした。
 
そして
先祖供養に明け暮れた日々が続いた。
 
そのような思いに答えてくれるべく
父は必死で生きようとしてくれた。
でもそれは父にとって辛いことだったかもしれない。
 
父は早く母のところに行きたかったに違いない。
お見舞いにいくたびに
「もう、いいよ」とか「もう、いやだよ」とか
いっていた。
 
「そんなこと、いわないで、がんばって」
というと、
「はい、わかりました。私にできることは何でもします」
などといったりした。
 
最後の最後まで
丁寧で、立派で、感謝の心をすべての人に
向けていた父は
病院でも人気者で、人格者と思われていたようだし、
なによりも私の誇りだった。
 
そんな私が生きることに再び目覚めたのは、
この夏、仕事で関西に行ったことがきっかけだった。
そこで出会った人々の
生きるエネルギーを受けて、
今生で生きる希望をもう一度、見出し始めた。
 
やっと霊界から抜け出して
この世で生きていこうと久しぶりに思った。
それは再生であり、
蘇りでもあった。
 
以後、毎月、関西に出張したが
そのたびに
私の思いは生きることに
向かってベクトルを変えていった。
 
たくさんの仲間に支えられながら
徐々に生きることを
楽しみ始めた。
 
そのような私の変化に安心したのか
父は、ゆっくり、あちらの世界に
進路を向けて
旅発ちの準備をしていたのだろう。
 
最後に訪れたとき
父は私の手をしっかりと握り締め、
自分の頬にずっとつけて
目をつぶり、
まるで神様のような
神々しい笑顔でしばらく
黙っていた。

まるで母親を慕う子供のように、
娘をいつくしむ父親のように、
仏陀のように
キリストのように……。
 
祈りを凝縮したような
崇高な時間がとろけるように流れていった……。
 
私は父の表情を見てあまりの美しさにうっとりした。
好きで、好きで、大好きな父ではあるが、
今までで一番美しい表情だと思った。
 
そのころになると、
確かに毎回訪れるたびに
父の顔が
能の翁面のように
神々しくなっていた。
 
そして、その美しさが
最絶頂に達したような
美しい表情に
私はしばしみとれていた。
いつまでもこんな美しい表情の父を見ていたい。
 
それなのに
突然の訃報。
 
父が亡くなった。
あまりにあっけなく、
さよならもいわずに……。
肉体を去ってしまった。
 
それはあまりにも突然で
しばらく
その意味さえ理解できずに
涙さえ出なかった。
 
なくなったという実感がわかないまま
何をしていいのかわからずに
パソコンの前に座っていた。
 
やがて「殉死」という言葉が浮かんだ。
今こそ、
殉死のとき。
 
そう思ったとき
予期せぬ行動に出た。
私は、急に仕事を始めたのだ。
たまっていたインタビュー原稿の執筆だった。
 
今の私を救ってくれるのは
仕事であり、執筆だ。
あるいは、今、このように饒舌に文章を書いているとき、
その集中力の中で、
悲しみの激流にさらわれなくてすむ。
 
今、殉死をしたって
父は喜ばないだろう。
父は最愛の母と会えて
喜んでいるのに、
また私のようなこぶまでついていっては、
喜びも半減するだろう。
 
何よりも私は父のような
立派な人格者ではないし
母のように
多くの人を助けてきた
功徳多き人でもない。
 
今の私のままでは、
死後、両親と同じ世界にはいけないだろう。
 
私のような未熟な人間にとって
今生、最高のツキは、
このような両親を選び、
そして選んでいただけたことだと思う。
 
なんという
素晴らしい両親を私は
もつことができたのだろうか?
 
私はなんとツイている人間なのだろうか?
しかし、
そのツキの素晴らしさを当たり前のことにして
この貴重な縁に
どこまで感謝でききただろうか?
なんという
迂闊なことをしてきたものだ。
 
今、改めて
父と母の生き方を見るとき、
本当に素晴らしい両親に恵まれて
それだけでも生まれてきたかいがあったと
思っている。
 
お父さん、
本当にありがとうございます。
 
お父さんの子供であることの
喜びに心から感動しています。
 
お父さん、
お父さんのような立派な人生を生きるために
お父さんの生き方に恥じないように、
生きていきます。
 
ありがとう。
本当に、本当にありがとう。
 
(石川隆一、2011年12月4日午後8時10分、老衰により肉体を離れる。享年87歳9ヶ月)
 

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